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 ・・・新聞・雑誌に掲載された情報です。
◆ 平成20年大会の記録 New
◆ 下野新聞 「国内最大の居合道全国大会 男子無段の部で兄弟で3位入賞の快挙!」
◆ 下野新聞 「史上最年少13歳で抜刀道初段に合格!」
◆ 下野新聞 「史上最年少で抜刀道初段に合格!2002年」
◆ リビング・トレジャー カナダ レイクランド大学 「11回 空手・古武道セミナー」
◆ 讀賣新聞 「武道5流派 妙技を披露 第10回日本古武道大会 1999.11.14」
◆ 下野新聞 「第10回日本古武道大会(宇都宮市とちぎ健康の森スポーツセンター) 1999.11.14」
◆ 下野新聞 「がん や けが 克服 抜刀道8段合格」
◆ 下野新聞 「不屈の闘志で居合道7段を取得」 究極の剣に向かって 1997.12.4
◆ 第8回日光東照宮古武道大会/第12回全日本学生古武道連盟演武大会
◆ 下野新聞 「茨城で開かれた第5回抜刀道大会 団体、個人の部を制す」
◆ MASTER SERIES・SEPTEMBER 1995(英文のみ)
◆ INTERNATIONAL BUDO FESTIVAL In Aid of the Lord Mayor's Charities 1995 Poster

<<<  カナダ レイクランド大学 「11回 空手・古武道セミナー」にて  >>>
(リビング・トレジャーより)
※原文で読みたい方は こちら<322kb> をクリックして下さい。
(本文)
 最もおぼえておくべき大切なことは・・・それは、とりわけ最後の”3cm”であると。剣の名人タテノ氏は、彼の刀をゆっくりと描きながら語っている。”刀は人を死に追いやることができる”又”抜刀道(ばっとうどう)を修業する時、何をもって修業したいのか、又、そう思うことが心臓部となるのである。
 ”武士として刀は命であり、生きるためのものである。”
 ”そのため刀は丁重に扱わなくはならないし、自身の体として敬うべきである。心臓と体は一心(one mind and one spirit)であらなければならない。”
 名人タテノ氏が彼の実演で使った刀は、稀にない刀で、1300年中期の日本で鍛造されたもの。650年以上もの間、彼の家で伝わってきたものである。
 通訳のロビー・ペレット氏とロサンジェルスからの禅僧は、剣道・居合道の生涯学習を通して、洞察力や知識を共有し、作法を学ぶことができたと語っている。
 名人タテノ氏は、週末レイクランド大学で日本空手連盟によって行われた、11回 空手・古武道セミナーに参加した4人の日本名人の一人である。”この武道の実演に、JKFの学生達が参加することができ、このような機会は初めてのことだった。”とカム・スチュアート先生は語った。また、この週末で最も興味深かったことは、日本の偉大な二人の剣の名人が、カナダで歴史的なカッティング(cutting)を教授されたことである。
 抜刀道は、ためし切りのトレーニングをし、集中力と精神力を鍛えると、デムラ先生は語る。事実、抜刀道は、極めて高度な技術を要する。レイクランドの学生達は、その名人達の稽古を見ることができた。日本での練習では、巻いた畳を何日間か水に浸して人間の首と同じ比重にし、それを用いて稽古をする。
 抜刀道のセミナーが始まる前にタテノ先生は、この実演に参加していた熱心で礼儀正しい多くの学生達と魅力ある見識を共有され、タテノ氏は袴の帯(ベルト)にくくりつける鞘(さや)や、侍時代から着られているプリーツスカートのようなズボンの袴(はまま)について話された。
 武士道の一つとして、敵を倒そうとする斗いの間、自身の刀から敵を離しておくことだ。また、その帯は丘や山を登る際、刀を肩にしょって運ぶにもつかわれるとタテノ氏は語る。それは小競り合いにも使われ斗いで勝つための最も手早い方法は、相手の武器を取り上げることである。そのため誰にも刀を取られないよう親指は常にツバ(柄)の上にあらなければならず、それは銃でゆう引き金と同じである。とタテノ先生は力説する。
 彼はまた、刀はベルトの高さに保つべきであり、歩く際の杖やアクセサリーなどと思うべきではないと言う。刀先は休戦時の下向きに保ち、礼儀正しい姿勢で、あなたの師匠におじきをすることである。全ての剣の学校でそれ自身の姿勢や形式(儀式)、又、師に対する敬意の表し方がある。しかし、ほとんどの学校では、学生や剣客は両手を下にしておじぎをする。隠された手は、顔に砂をかけたり、隠しナイフで突然襲ったりするので危険である。
 タテノ氏はまた、血ぶりの説明もされた。戦いの勝利の後には、師が来ている美しい儀式的な衣服で血をふき取るのだが、それは儀礼的な説明にすぎず、実際に自身の刀から血をふきとる時は、敵の衣服でと、先生は語る。
 古代、刀は侍にとって主要な武器であった。戦いの際には、一瞬の気のゆるみが命取りになるため高度な精神の修業と活力源を要するため敬われていたと思われる。武士階級の人々にとって、刀の神聖化は、偉大な刀の宗教を象徴し、苦行と自身の要求、恐怖と畏敬のコンビネーションは急激に増していった。今日の学生は、命にかかわる戦いでの熟練者をめざすものではないが、剣道(Art of the Sword)は、禅の仲介役ともなっている。この自覚は、空虚と(刀と)一つになるという両方の感覚に到達するにちがいない。
 現在の一見矛盾したように見える修業は、自身の成長、技の鍛錬、斗いのための反射作用など自己を鍛えるものであって、決して人を傷つけるために用いられる訓練ではない。剣道は動く瞑想ともいえる体験であり、自身をより高いレベルへの自覚を及ぼす修業なのである。
 タテノ先生は幼少の頃から剣道と瞑想を学び、彼の生涯を抜刀道につやしてきた。彼は、日本の宇都宮市に生まれ、歴史的かつ秘法・神秘的である家庭に育った。彼の公式なタイトル(資格)は、「ムソウジキデン エイシンリュー 師範(マスター)」と、彼は日本一の剣客と認められている。毎年、日光東照宮では、これは日本の将軍がかつて別荘として使っていたものの一つであるが、タテノ氏はここで「イアイ・バットウドウの実演」をされる。日本の競技会で、タテノ先生とモチヅキ先生は、8年前にフミオ デムラ氏に会った。この出会いがロイドミニスタ(Lloydminster)のJKFの本部への招待(スチュアート先生からの)への及んだのである。日本の剣の名人、両者は、11回空手・古武道(レイクランド大学での)の多くの出席者を驚嘆させた。体育館は満員となり、数百人という鑑覚する聴衆でうめつくされた。学生達は、Alberta と Saskatchewan から Lloydminster 旅行し、剣の名人であるタテノ氏とモチヅキ氏から伝統と民間伝承、歴史や技を学んだ。セミナーに参加した学生達はタテノ先生とモチヅキ先生とのそして、東西の二つの文化間の強い絆が結ばれたのである。
以上
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